景徳鎮
陶磁器の都として世界に名だたる景徳鎮の陶磁器の歴史は1000年以上といわれ、戦国時期にはすでに陶磁器の製造が始まっていた。宋代に入ると、陶磁器の製造は大きな発展を遂げ、宋代の年号が景徳の時の皇帝が、当地の陶磁器を気に入り、陶磁器の底に「景徳年製」と押したことにより景徳鎮といわれるようになった。
それらの陶磁器が珍重され、羨望の的になっていた頃、ヨーロッパに広まっていたのがシノワズリーと呼ばれる中国趣味である。特に大きな松に楼閣、卍型の組子のある垣根、楊柳を右景に描き、左に遠景と江水を思わせる余白を配した山水図は人気があり、マイセンで陶磁器がつくれるようになると、その最初のデザインはほとんどがこのような中国の絵柄をまねたものである。
その後ヨーロッパ諸国ではそれぞれに陶磁器の窯を持つようになるが、それでも中国からの陶磁器は輸入した。ところが17世紀後半に、中国が政情不安に陥り、陶磁器を輸出しなくなった。そこで台頭し始めたのが中国と同じ位の磁器を生産できるようになっていた日本の伊万里なのである。中国が国を閉ざしていた期間は23年間に及ぶ。

青花花鳥紋陶枕
清中期 中国
大振りな牡丹が大胆に描かれた枕。白地と牡丹の枝振りのバランスよい構図が見事である

 

| 骨董大辞典インデックス |