ふくすけ
裃を着けて扇子を持ち、座布団の上に鎮座する姿は、商売繁盛の神様として、日本人に古くから愛されている。福助にはいくつかの伝説があるが、最も有力な説は次の様なものである。時代は、江戸中期。京都の百姓下村三郎兵衛の倅、彦太郎。彼は頭が大きく、背は小さく、おまけに肩まで垂れ下がるほどの大きな耳たぶをしていた。この彦太郎が成長し、京都の呉服屋「大文字屋」に丁稚奉公にでることになった。奉公先では、まじめで、店の宣伝に余念がない仕事熱心さが認められ、主人にも大変可愛がられた。その後、名を彦右衛門と改め、伏水京町にのれんわけをしてもらうまでになった。所帯を持ち、いっそう商いに精を出した福助は、妻の故郷である名古屋に店を移し、呉服以外にも足袋、腹掛け、手ぬぐいなど、商いの幅を広げた。信仰していたお稲荷様のご利益か、またたく間に出世をし、大店の主人としておさまった。この繁盛ぶりに目をつけた京都 伏水の人形屋が彦右衛門にあやかろうと、彦右衛門人形をつくり売り出したところ、爆発的なヒット商品となった。その後、この福助にあやかろうと幸福を願う人々が福助足袋をはじめとして様々な商店でマスコットとして神物化させていったのである。 |
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陶器の福助 明治時代
切れ長の目に、歯が出ている珍しい福助。 |
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